代表的な5つの宗教の「神」の捉え方と、科学的な捉え方を解説
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どうもこんにちは

今回紹介する内容は、様々な宗教や創作物の中でその存在が語られる

一般的に信仰の対象として崇められており空想上の概念とされております。

特定の宗教を多く信仰しない日本では、神に対するイメージが漠然としてる方も多いのではないでしょうか?

そこで、今回は世界に存在する代表的な5つの宗教における「神の捉え方」を紹介していきます。

最後は科学的な神についても解説していきますので最後までどうぞご覧ください!

それでは、早速詳しく見ていきましょう!

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キリスト教における神

キリスト教における神は、全知全能の創造主として語られております。

旧約聖書によると、「この世の始まりに6日間で天地創造を行った存在」とされています。

勿論、人類を生み出したのも「神」で「人間の男性は土から」・「女性は男性の肋骨から」作られたとされています。

キリスト教における神は、非常に愛情深い存在ではあるものの元々は戦争の神でもある為、人々が信仰心を失ったり良くない行いをした際には、容赦なく罰を与え大量虐殺や民族浄化を行ったという言い伝えも残されております。

また、キリスト教では自身の身に降りかかるあらゆる出来事を、神が与えた運命と解釈し全ての物事には神の意志が存在し意味のある事だと考える事が一般的です。

そして、キリスト教では世界が終わりを迎える際には神の存在を信じる者のみが救われ神に救われた者は肉体が復活して天国へいくと考えられているので、火葬ではなく土葬が一般的になっています。

最近では死後、遺体をセメントで固めて保存するといったサービスも存在しています。

イスラム教における神

イスラム教における神は、唯一神「アッラー」をさしております。

アッラーは、全知全能で唯一絶対かつ全てを超越する存在で、いついかなる時でもありとあらゆる場に在ると考えられています。

また、他の宗教では神の子の存在と言われる事もありますが、イスラム教では唯一絶対の神アッラーに肩を並べる存在はいないとの事。

その唯一性は、生みもせず・生まれもしないという言葉で象徴しています。

アッラーを象徴するものとしての言葉があります。

アッラーを象徴する言葉

・目無くして見。
・耳無くして開き。
・口無くして語る。

このようにアッラーは精神のみの存在である為、絵画や肖像などでその姿を表現する偶像崇拝は固く禁じられています。

他にもアッラーは、キリスト教で信じられている神と同一の存在である一方で、「神が6日間の天地創造の後に休息についた」というキリスト教の考えを否定!

理由は一切を超越した全能の神が休息するはずがないという考えを持っている為です。

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ヒンドゥー教における神

ここまででご紹介したキリスト教とイスラム教は、1つの神のみを信教の対象とする一神教でしたが、ここからは神が多数存在するという考えをもつ多神教の紹介になります。

ヒンドゥー教における神は自然現象を神格化したり生前に偉業をなした人物を神と捉える傾向があります。

また、多数の存在が信じられいる神々の中でも、特定の3つの神を特に重要視しており宗教の中心的存在だ捉えています。

ヒンドゥー教で重要視されている「3つの神」
・シヴァ
・ヴィシュヌ
・ブラフマー

シヴァは、世界の終わりにやってくる存在だと言い伝えがあり、世界を破壊して次の世界の想像に備える重要な役目をもった神です。

シヴァには、慈悲深さと恐ろしさの両方を併せ持っている為、曖昧さと矛盾の神とされる事も多いといいます。

ヴィシュヌは太陽神を起源としており世界を維持する役目を担う神です。

この神は多様な姿で転生を繰り返し人々の前に現れ世を正す存在と言われており、数々の偉業を成し遂げた人物が、ヴィジュヌの生まれ変わりとされています。

ブラフマーは、世界の想像を次の破壊後の再創造を担う神です。

ヒンドゥー教の他の神々とは違い、人間的な性質はあまり反映されておらず、宇宙の根本原理という性質が強調された存在で、自意識の最も深い部分に存在するとの事です。

まさに個の根源こそがブラフマーとされています。

仏教における神

仏教における神の捉え方は少し特殊で、開祖である釈迦の教えを継承した考えと、各地域の信仰を取り込んで民衆に広まった考え2通りの解釈が存在します。

 

釈迦で~す!

 

前者の釈迦の考えでは、神について「人間を超えた存在ならば認識できないので存在しない事と同義」という捉え方をしています。

そして、後者の各地域の信仰を取り込んだ考え方は、仏という存在が神に近い存在だと認識されています。

しかし、他の宗教と明確に異なる点としては神の存在をより身近な所に見出している事です。

これは、仏教では死亡する事を成仏と呼び、死者をと呼ぶ事からうけとれます。

更に特徴的な点としては、仏を「参拝して利益を祈願する対象」として見ている事があり、他の宗教や原始仏教とは違い一概に仏に対して、教えをうけたり悟ったりといった人間的な覚醒や成長を頼るという事はないです。

ただし、これらの考え方は現代に伝わる通説で宗派や書籍によって仏の捉え方が異なっていたり、釈迦は人知を超えた存在を積極的に認めていたという説も存在しています。

神道における神

神道における神は、八百万の神(ヤオオロズの神)と呼ばれており自然現象などの信仰や畏怖の対象となっておっります。

畏怖とは、おそれかしこまるという意味です。

ちなみに八百万の神とは、実際に800万の神がいるのではなく数が多い事を例えた言葉です。

神道の神は現世の人間の恩恵を与える守護神でもあるものの一方で人間を祟る性格も持ち合わせています。

これは、祟りがあるからこそ人々は神を畏れられたと言えます。

また神のバリエーションも豊富で山や川・鳥・巨木などの自然物を神格化したものや、疫病神や貧乏神など災いを神格化したものなど様々な神の概念が存在しています。

科学における神

最後に科学分野の「神」をどのように捉えているのか簡単に解説します。

結論から言うと、科学の発達により世界が機会的な法則にのっとって成立している事が解明され、多数の宗教の「神」が否定されています。

例えば、キリスト教の考え方と比較すると地球や宇宙の仕組みが解明されたことによって、神が住まう「天」はどこだ?本当に存在するのか?という疑問が生まれています。

また生物の進化の仕組みやその構造が解明された事で、土から男が生まれる訳はない・男のあばら骨から女が生まれる訳がないといった意見がでます。

基本的に科学の「神」は相いれないものとされていますが、神の存在を否定し得るからといって、宗教自体を否定しているという訳ではないです。

宗教は科学との完全な両立はできないものの、「人生を豊かに素晴らしいものにする偉大な発明である」という考えを持つ科学者たちも多数存在しています。

 

全ての結果には、必ず原因がある

 

このように因果の道理が根本にある仏教は、科学の捉え方と近しい考え方があります。

あの天才科学者であるアインシュタインは、仏教は近代科学と両立可能な唯一の宗教であるという言葉を残しております。

まとめ

代表的な5つの宗教の「神」の捉え方と、科学的な捉え方についていかがでしたでしょうか。

神の存在は未解明な事の1つでもあります。

神と同じくらい解明できない1つが「宇宙」についてです。

そんな宇宙の法則と人類に共通点が存在している事を発見した人物がいますが、詳しく知りたい方はニコラ・テスラが導きだした、宇宙の秘密と369の法則について迫る。をどうぞご覧ください。

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