スポンサーリンク

ヘレン・ケラー

皆さんはこの人物を知っていますでしょうか?

幼い頃に、視覚と聴覚を失ってしまい。

その後、障碍者の為に生きる事を決断

障害教育、福祉の発展に人生を捧げた人物です。

スポンサーリンク

ヘレン・ケラーとは?

名前:ヘレン・アダムス・ケラー
生誕:1880年6月27日
没年:1968年6月1日(87歳)
出身地:アラバマ州、タスカンビア(アメリカ)

1880年6月27日、南北戦争当時、アーサー・ケラーケート・アダムスの間に産まれました。

2歳の時に原因不明の高熱と下痢が数日続き、その後

視覚聴覚を失ってしまいました。

幼少期で覚えていた言葉は。

Water(水)」の事を

ウォー・ウォー」とたった一言です。

ヘレンが生まれた時代

障碍者は教育を受けても仕方がない時代であり、障碍者教育がない時代でした。

そんな中、両親の努力でアン・サリヴァン女史を家庭教師として迎え入れました。

ヘレンは視覚も聴覚も失っている為

見て学ぶ事聞いて学ぶ事」が出来なかった。

その為、アンとの出合った時のヘレンはのようで、食べ物を食べる時は全て手掴みでした。

気に入らない事があると、手足をバタつかせたり、わめく、たたく、つねる、噛みつく、などなど思った事をそのまま表現している状態でした。

そして、アンによるヘレンの教育が開始します。これは有名な場面です。

手掴みで食べようとするヘレンに対して、ヘレンの手をたたきスプーンを持って食べる事を教えます。

スポンサーリンク

「Water」奇跡の瞬間

アンによる家庭教師の日々が過ぎていっていたある日

33日目の1887年4月5日に奇跡が起こりました。

アンは、井戸のポンプにヘレンの手をもっていき、水を出しました。

冷たい水がヘレンの手を流れました。

瞬間

アンはもう一方の手で「Water」と何度も書いていました。

これはヘレンが幼い頃に、「Water」の事を「ウォー・ウォー」といっていた事を思いだし、物には名前がある事が分かった、奇跡の瞬間でした。

そこから、新しい物に触れると

「これは何?」と聞くようになり、一つ一つ新しい言葉を覚えます。

ヘレンにとって徐々に世界が広がっていきます。

盲人援護協会で一躍有名人に

ヘレン・ケラーは、1921年に設立した盲人援護協会の広告塔として起用されました。

募金した人物の中には、ヘンリー・フォード(当時の自動車王)ジョン・ロックフェラー(当時の石油王)などがいました。

なんと、日本にも来日しています。

そして、1968年6月1日の87歳、自宅で最期を迎えました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

実際に、視覚、聴覚を失って生きる事は、どんな世界なのか?

口では簡単に表現できる事ではないと思います。ヘレンにとってアンとの出会いが、その先のヘレンの人生を大きく変えています。

本当にアンの存在は大きかったのです。

スポンサーリンク
おすすめの記事