【モアイ像】イースター島の謎にせまる
スポンサーリンク

世界の遺跡でもっとも独特な遺跡があります。

モアイ像です。

今回そのモアイ像について詳しく謎にせまっていきます。

みんな!!!しっかり目を凝らして読んでください。

(-1-)← 一応「モアイ像絵文字」笑

スポンサーリンク

モアイ像とは?

モアイ像がある場所は、イースターと呼ばれる

チリ領の太平洋上に位置する火山島。

正式名は「パスクア島」と言います。

イースター島は、面積180平方kmと日本の伊豆大島の2倍程度の大きさです。

またこの島には、モアイ像と呼ばれる不思議な顔の形をした石像が島全体で、1,000体もあります。

平均3.5m、重量20t、一番大きい石像では、なんんと高さ20m、重さ90tあります。

90tの重さがどのぐらいか全く重すぎて想像できませんが(笑)

イースター島発見者

1722年,イースター島(復活祭)の日にオランダ人の海軍提督。

ヤコブ・ロッゲフェーン」によって発見された。

よってイースター島と呼ばれるようになりました。

実際正式名称の「パスクア島だと知っている人は少ないと思います。

スポンサーリンク

モアイ像はいつ出来たか?

4世紀頃、マルケサス諸島から流れ着いた人達がイースター島に住み着いたのが始まりです。

モアイ像が出来た年代は、5~7世紀に造られたとされています。17世紀頃まで作られ続けていたと思われます。

理由として、モアイ像に付着していた花粉が5世紀のものだった為です。

日本では大和朝廷が全国を統一して古墳がつくられている時代です。

そんな昔の時代からモアイ像が造られていたんですね。

モアイ像の謎

モアイ像は海沿いにたっていて内陸部の方向を見ています。

イースター島には、耳長族と耳短族の2つの部族の民族戦争があったとされています。

当時、力の象徴であるモアイをほぼ倒していました。

現在では倒れたモアイ像を起こす動きが出ていますが、45体意外はほとんどは未だ倒れている状態です。

モアイ像の材料は、島で産出された凝灰石であることはつきとめています。

その凝灰石はモアイ像がある周辺からは出ず、「ラノ・ララク」という島内の山から切り出られているとの事です。

重い石像を動かす運搬方法に関して、木やロープが大量に必要ですが島には、それらを使用する為の木々は存在していません。

その為、古代人がどのように運んだのか、未だに謎に包まれています。

またモアイ像付近にロンゴロンゴ文字があるのですが未だ解読できる人がいない状況です。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

モアイ像がどんな目的で、何故あのような石像の形になっているのか、デザインした人はいったい誰なのか?多くの謎も残ります。

またモアイ像は、世界の遺跡の中でインパクトが強い遺跡だと言えるでしょう。

スポンサーリンク
おすすめの記事