【古代遺跡ペトラ】忘れ去られた文明とは?
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突然ですがみなさんは、古代遺跡「ペトラ」をご存知ですか?

多くの謎に包まれている遺跡の一つですが、今もなお多くの観光客で人気のスポットです。

今回そんな古代遺跡ペトラについての記事をご覧ください。

さあ!!!

ペトラ漬けの世界へ
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古代遺跡ペトラとは?

西アジアの隊商都市遺跡です。

場所は、現代のヨルダンにある、アカバ湾北東120kmの岩山盆地にあります。

1985年にユネスコ世界遺跡に認定された古代遺跡です。

映画「インデイージョーンズ・最後の聖戦」のモデルになった神秘的な古代の建造物の一つになっております。

夕方になると、真っ赤に染まる遺跡がとても幻想的で、多くの人たちを魅了しています。

769年の大地震によって砂に埋もれ、その後の洪水などの自然災害によって破壊されてしまい、遺跡の75%もの姿が隠れていました。その為、何百年もの間、発見されませんでした。

ペトラ遺跡の歴史

当時ペトラ遺跡の周辺には、エドム人が住んでいたが、その後エドム人がどうなったのかは現在も分かっていない。

その後、紀元前6世紀に、ペトラを大きく繁栄したのが、アラブの遊牧民だったナバテア人です。

ペトラ遺跡は、メソポタミア・エジプト・ギリシア・インダスの古代文明を結ぶ、要衝の地になっており、砂漠を移動する為のキャラバン隊の中継地点として繁栄していました。

紀元前312年にはナバテア王国の誕生。

ペトラとはギリシア語で「岩」という意味ですが、そのギリシアの文化とアラビアの文化の融合した都市となっております。

その後、ペトラはトラヤヌス帝によって、ローマに併合されたことによって、ナバテア王国はラベル2世で幕を下ろしました。

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忘れ去られたペトラ遺跡の発見

1812年に、スイスの東洋学者「ヨハン・ルートヴィッヒ・ブルックハルト」がイスラムの巡礼者に変装して訪れた事により発見。

ペトラは広大の砂漠の中にありますが、水道管による給水設備が作られていた。

またダムを造り水の安定供給を計っており、ペトラ遺跡の代表的な景観ともいえる、シークといわれる通路も水が走っていた通路を人の手で加工している。これは、現在のペトラの入口になっています。

なんと高さは、91m~182mまでに及び、幅は3mも満たない。

そして薄暗く細くうねった道を、1.2kmも進むと、そのシークが開けた先に、精密な彫刻が施された「エル・カズネ」に到達します。

観光地となったペトラに住み続ける男

ブドゥール族出身の、モフレ・ブドゥール氏(74歳)は遺跡内で暮らしている数少ない種族です。

彼はペトラで育ちました。今もなお自分が生まれた洞窟のすぐ近くの洞窟でくらしています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

1.2kmもの道を、何があるかわからないまま一人きりで、進んでいく事はかなりの不安と恐怖もあると思います。

そして、道の終わりにそびえ立つ「エル・カズネ」を生まれて初めて目撃したら、感動と鼓動の高鳴り、そして涙が自然とでてしまう程だと思います。

そんな古代遺跡ペトラを、これからも未来につなげていきたいと思います。

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