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どうもこんにちは。

これから紹介する内容は非常に不可解な出来事の一つとして有名な話です。

1911年7月14日鉄道会社のサネッティは裕福なイタリア人達に、新しい車両に試乗する無料の旅を提供しました。

乗客は素晴らしい景色を楽しみ列車の旅を楽しんでいました。

乗客が目にするのを心待ちにしていた物の1つが山を抜ける新しいトンネルです。

当時としては史上最も長いトンネルでした。

ミステリーはここから始まります。それでは早速詳しく見ていきましょう!!

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消えたサネッティの列車

サネッティの列車は1キロの長さのロンバルディア山のトンネルに入って、そこから出てくる事はなかったのです。

ただたんに消えてしまったのです。

この事故の後、鉄道会社と警察がくまなく探しましたが列車の形跡は残されていませんでした。

トンネル自体はただの長い筒で反対側に出る他には行き場はない状態です。

列車は衝突の形跡も見当たりません。しかし、トンネルの中に消えてしまう前に列車から飛び降りたという乗客が2名見つかりました。

後に意識が回復しこの不思議な旅の話をかたっています。

列車がトンネルに近づくと深い白い煙とともに、黒い煙が何処からともなく現れたそうです。

入口に近づくと列車はスローダウンして、霧に包まれ始めます。

2名の男性は、恐怖にうろたえて列車が消えてしまう前に飛び降りました。

生き残った1人がイタリアの新聞社に事故の事を語っています。

はっきりとしないブンブンという音が聞こえたとの事です。黒い煙の向こうにトンネルの中から乳白色の煙が立ち込めてくるのが見えたといいます。

波のように列車を飲み込んでいったというのです。それから1両目がその後パックリ割れました。

列車がほとんど動いていなかったので彼は車両から飛び降りとの事でした。

彼は同じタイミングで飛び出してくる乗客がもう1人見えていました。

怪我をおった男性たちはしばらくは睡眠障害や心的外傷ストレス障害に悩まされたそうです。

列車はその後姿を見せる事はありませんでした。

トンネルに関する噂が広まり当時の役人たちはトンネルを閉鎖するのが最善と考えました。

それから第二次世界大戦中このトンネルはたまたま爆撃にあい永遠に閉ざされる事になりました。

謎の失踪に関して、誰も納得のいく理由を思いつきませんでした。

沢山の人が列車がローマを出発してトンネルに入る様子を目撃しましたが、列車が出てきた所を見た人は1人もいません。

しかし、不思議な列車の話は、ここで終わりではありません。

時空を超えた列車

人を乗せた3両の列車を目撃したという中世モデナの修道士の記録が残っていたのです。

黒い煙をはきだす鉄の機械を見た」こんな事はあり得るのでしょうか?

当時最も早い移動手段は馬であり、鉄道はまだ発明されていないはずです。

これらの修道士は、身だしなみが整っていて黒い服を身にまとった乗客と、この列車はすべて邪悪な力によるものだと考えていたようでした。

中世の修道士達が話をでっち上げたともいえるかもしれませんが、1つ気になる事があります。

カスタソレアの記録に残されたこのレポートサッジーノ家によって保管されていました。

そして列車事件の生存者の1人の名前は、サッジーノなのです。

それから1840年代には、サネッティの乗客らしき人達がメキシコで目撃したと報告も残っています。

地元の病院の精神科医が104名のイタリア人が狂乱状態で病院に搬送されたというメモを残しています。

勿論違う時代の人達ですから、1840年代の人達からすれば変わった服をきていてローマからサネッティという列車でやってきたと主張していたそうです。

しかも乗客の1人は、未来の年である1907年と書かれた煙草の箱を持っていたのです。

これは現在でもメキシコの博物館で展示されているのと事です。

患者をみた当時の精神科医は、こらは集団狂気のケースだと結論づけています。

しかし、この医師はこれに関する説明を思いつく事ができませんでした。

それ以降これらの患者たちに関する記録は残っていません。

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時を超えて再び消えた列車の出現

何年もたってからこの列車は再びヨーロパに表れました。

1955年10月29日3両の古い列車ウクライナの小さな村であるザバリッチの近くで発見されます。

信号係のピュートル・ウスティメンコはこの列車が音もなく動いている所を目撃します。

その日彼は当直で突然スケジュールにない列車が現れたと報告。

列車は線路もないのにガスフォート山に向かっていました。ウスティメンコは幻覚を見ていると思い、目を擦りました。

しかしそこにはまだ列車の姿があります。締めきられたカーテン、開かれたドアそして誰もいない運転席。

ウスティメンコは、このような列車を見た事はありませんでした。戦前の古い型である事はかろうじて分かっていました。

彼の説明はまさにサネッティ号に当てはまりました。

ソビエト連邦の人里離れた信号係が20世紀初期に消えたイタリアの列車の事を知っている事など、到底ありえませんよね?

この目撃に関して、もう1つ面白い事実があります。

19世紀の終わり、ガスフォート山近くに建てられたイタリアの墓地が存在しました。

クリビア戦争中に亡くなった2千人以上のイタリアの軍人が埋葬される墓地です。

後にバラクラバからの線路がこの墓地の上に建てられました。しかし1917年のロシア革命のあと使われないという理由で破壊されています。

ゴースト線路を進むゴースト列車がイタリアの仲間に会いにきたというのでしょうか?

真相は謎に包まれたままです。

しかし、これが列車の最後の目撃情報ではありません。

突然消えた列車を科学的に証明できるのか?

全てが信じられないように聞こえるかもしれませんが、ゴースト列車冒険を科学的に説明する事はできるのでようしょうか?

世界中の線路はつながったクモの巣のようで特別な磁場を持っていると信じている人がいます。

列車は地球の自然の磁場人口の磁場の電気伝導体として機能しています。

この2つの力の衝突が無数の穴とともに時間に亀裂を入れてしますのです。この仮説はアインシュタインの相対性理論とミンコフスキーの距離の定義にもとづいています。

時間の穴と呼ばれているこの亀裂、サネッティ号が出発する少し前に線路がある場所で地震が起こったとされています。

近くの亀裂がロンバルディア山の下に現れて、トンネルの入口で時間の異常を引き起こしたのではないかと考えられているのです。

列車は時間と空間を進むのに必要となるリンクとなって本来の時間のベクトルから外れて別の時間軸に移動しまいました。

簡単に言うとタイムトラベルしたという事です。

実はこれは都市伝説です。

この話はかなり人気になって、異常現象好きがサネッティ号が存在したという証拠を見つける為にかなりの年月を費やしているとの事。

時をへて名前や詳細が伝説に付け加えられてきました。

サネッティ号・カスタソレア・サッジーノ家・ウスティメンコ、などを検索してみてもこの伝説の色々なバージョンにいきつくのみでしょう。

まとめ

誰も見つけられなかったイタリアのトンネルで消えた不可解な列車についていかがでしたでしょうか?

幽霊や列車はおもしろい話の種になります。しかしゴースト列車が存在したなどという記録は見つかっていません。

だからといってこういった話を探したり話したりする事をやめられないのが人というものですね。(笑)

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